正当な代価  1  人々は皆忙しく働き、露店の棚には食料等が山と積まれている。  街には活気が満ち溢れている……様に見えた。 「平和な街、か・・・。このご時世だってぇのに豊かなモンだ。さっすが帝国」  グランスは皮肉混じりに呟いた。本当に平和なら、彼の様な傭兵は用無しだろう。  ヒョイと手を動かし、果実を口に頬張る。甘酸っぱい果汁が口中に広がり、匂いが鼻腔の奥をくすぐる。 〔盗みとは感心しないな〕 「奴等からなら、構わんだろうサ」  独り言の様に返事をし、通りを見渡す。酒場の看板に目当ての文字を見つけ、そこの扉を開く事にする。文字はこう読めた。 『傭兵・賞金稼ぎ組合』 「どうだい、親父。景気の方は?」  カウンターに腰を落ち着けながら、銀貨を放る。酒場に慣れた者の口調だ。  親父はグランスの前に杯を置き、さりげない動作で銀貨をこすりつけた。 「俺のは悪くねえよ。良くも無いけどな」  動作の意味に気付いたグランスは、苦笑を浮かべて親父に告げた。  その顔の明るさに惹かれてか、親父の仏頂面にもチラリと苦笑が浮かぶ。 「どうもこうも、ないやな。こう税金が高くなっちゃあ、干上がる寸前って処だ」  挨拶に応えてくれたので、グランスは本題に入る事にした。 「仕事……あるかい?」  親父はグランスの格好を値踏みする様に眺め、嘆息しながら答えた。 「良いのは無いな。帝国兵が幅を利かせてるおかげでサッパリだ!」 「本当に何も無いのか?」 「まぁ、前線行きか、遺跡潜り、さも無きゃ暗黒狩りだな」  ヤレヤレ……という風に両手を拡げ、肩をすくめる。親父はグランスの大仰な仕草にも、目もくれず机拭きを始めた。顔には仏頂面が戻ってきている。 「前線行きは勘弁して欲しいな。俺は戻って来たばかりなんだ。隊商護衛とか、街の警備とかの類も無いのか?」  努めてのんびりと、尋ねる。 「帝国兵が幅を利かせとると言っただろう! そういう仕事は皆、アイツ等が持っていったよ!」  一瞬だけ動きが止まり、怒鳴り声となった。が、すぐに声のトーンが落ちる。 「奴等が来てから……確かに物は豊かになった。しかし、値段はベラボウだ! 俺達にゃ手が出ねえ代物ばかりになっちまった……」  激情を抑えきれないのか、親父の肩が少し震えていた。テーブルを拭く作業を再開する。 「ホラな! 奴等からなら構わねぇんだよ」  グランスが呟く。親父には聞こえない程度の囁き声だ。 〔盗みは盗みだろう?〕 「正当な値段で売るんならな。阿漕な奴等は悪党じゃねぇのか?」 〔それは話が別だろう……〕  グランスの様子に気付かず、親父は話を続けている。 「さっき、お前さんが云った様な仕事はヤツ等が独占しとる。元から居た傭兵達は皆、前線に行くしかなかった。商人達も法外な護衛料を払わされとるって云う話だ」  グランスは不思議そうな口調で尋ねてみた。 「御領主様はどうした? カレリオ卿と云えば、善政を敷いてる名君って評判だが……」  領主の名前に、再び親父の肩が震える。僅かな反応だったが、グランスの目が見落とす事は無かった。 (我ながら、ナ……)  彼は時々、自分の鋭さが疎ましくなる。しかし、そうでなくては生きて行けない事も確かだ。 「税金等の件について、御領主様は真っ向から帝国の方針に反対なされた」  抑えた口調で親父が答える。 (アノ御方らしい……。正義感の強い人だった) 「……今は、帝国から来たエラい騎士、ミーネス様が領主代行を努めとる」  親父の苦々しげな声で、グランスの意識は回想から引き戻された。 「領主……代行だって?」 (帝国に盾突いたってぇのに……まだ生きてるらしいナ……)  後半の思いは口にしなかったが、疑問は伝わったらしい。 「ああ、御領主様は館の一室に軟禁されとると云う話だ。御家族も御一緒らしい……」 「随分と、人望のある御方だったらしいナ?」 「ああ」 (……成る程。領民の反乱が怖いってワケか。処刑しちまったら抑えが効かなくなる)  親父の答えに納得する。  親父の方は、窓の外に視線が向いている。変わらぬ街並みに変わり過ぎた現在を見ているに違いない。 「まあ親父、街の状態は分かった。俺の仕事が無いのも分かった。しかし、俺は命辛々、戻って来たばかりなんだ。何日かゆっくり出来る宿を世話する事は、出来るだろう?」  2 「かつては憩いの広場だったんだろうナ……」  月に何度か定例の市が立ち、賑わっていたであろう中央広場はすっかり様変りしていた。広場の真ん中に太い柱が突き立てられている。何本もの柱は反乱者という罪人を処刑する為にある。夕陽に赤く染まった公開処刑場は、禍々しい雰囲気を醸し出していた。 「こんなモンを見ちゃぁ、休む事も出来ねぇナ……」  グランスは苦笑した。わざわざ見に来た自分が恥ずかしくなる。 「戻るか……」  振り向いた先に、自分同様に柱を眺めている娘を見つけた。 (街の娘……か。それにしては……?)  娘は観察されている事に気付いたらしく、何か言いたそうな素振りでこちらに向かって歩き出した。が、驚いた様に目を大きくすると、クルリと振り向き、足早に去っていった。 (……?)  呆気に取られていたグランスだが、背後の気配に対して素早く反応していた。振り向いた瞬間には右手が腰に走り、剣の柄にかかっている。 「抜くのは、止めておきたまえ」  殺気立つ彼に向かって、静かな声が掛けられる。  大層な金属鎧を着用した剣士が、声の主らしかった。剣士の左右では、革鎧の兵士が三人、槍を構えている。  声の内容よりも、剣士の雰囲気の為、グランスは動きを止めた。  こういうタイプが最も危険なのだ。 (帝国兵……? 声を掛けた奴は騎士か……)  街の中なので、武器は持っていても防具は身に着けていない。四対一では、圧倒的に不利だった。 「抜くなってぇのは、どういう意味だ?」 「抜けば、罪に問われる事になる。この街では、武器の携帯は禁止されている」  唸る様なグランスの問いに対して、剣士が淡々と答えた。 「……初耳だな。いつからそう決まったんだ?」 「新参者か。傭兵だな? ならば認可章を見せろ」  命令に対して無言で、首に架かっている認可章を取りだし、右手でかざした。  右手が剣から離れる瞬間を狙っていたのだろう。その刹那、兵士の一人が槍を突き掛けて来た。  後退して避け、すぐに跳躍して開いた間合いを詰める。  グランスの左手が剣を抜き、槍の穂先を切り払った。反動を利用して体を回転させ、認可章を握った右拳が、武器を失った兵士の腹にメリ込む。  兵士の体が崩れ落ちた。 「なあ、騎士様よ……抜けば罪に問われる? ならば、どうやって身を守れば良かったんだ?」  怒りのこもった口調だったが、騎士は動じなかった。 「両手利きか……良い腕前だ」  パンパンと拍手しながら応える。 「利き手を塞ぐ傭兵は、長生き出来ねぇんだヨ」  騎士の口元に笑みが浮かんだ。 「君は、この街に来たばかりで、法律を知らなかったらしい。正規の傭兵の様だし、殺せた筈の部下を殺そうとはしなかった……」  騎士の瞳は……笑っていない。(嗤う) 「今の件で、君を処罰する程、我々は非道では無い」 「……?」 「この街に滞在する間、武器を預からせてもらう……それで、どうだね?」  グランスは目を細め、大きく息を吐いた。 「……貴公、名前は……?」  3  騎士が宿屋を出て行った事を窓から確認し、グランスは緊張を解いた。帝国兵達は、彼の武器、防具を全て持っていったのだ。 〔どういうつもりだ……?〕 「情報が欲しいのさ。しばらくは、オトナシクしといてくれ。ヤバい時は……、まあ、適当に頼む」 〔そちらの方が心配だ……〕 「大丈夫だ。多分……」  部屋の中で、小さく呟く。独り言を洩らしている様にしか見えない。  その時、扉をノックする音が聞こえた。誰何しながら、扉を開ける。  そこには、先刻広場で見掛けた娘が立っていた。 「アンタ、さっきの……」 「すみません……。注意して差し上げようと思ったのですが……」  娘はおずおずと答えた。 「いや、アンタのせいじゃないからナ……」 グランスは苦笑する。そして……娘の不自然な態度に気が付いた。  視線を合さない様に俯き、ひどく緊張している。 (いや……怯えてるのか?) 「あんな法が出来たなんて、知らなかったからナ……。牢屋に比べりゃ、武器を預ける事なんて安いモンさ……」  話し掛けながら、娘を観察する。 (震えてるのは、何故だ?) 「それを、教えてくれようとしていたんだろ? 済まなかったナ……」  娘の返事は無い。ただ、小さく肩を震わせているだけ……動きひとつすらしない。  彼の鋭い目でも『想い』までは見えない。 (……駄目だ。判らん……)  心中で、軽い溜息を吐く。 「本当に、気にしなくても良いから」  不可思議な娘との会話を切り上げ、扉を閉める事にする。  会見を終わらせようという気配を感じたのか、娘は慌てて顔を上げた。  扉に伸びたグランスの腕にしがみつき、小さく首を横に振る。 「…………まだ、俺に用があるのか?」  先刻までとは違う、厳しい声。目つきも険しく、尋常ではない程に鋭くなっている。態度に応じて、のんびりした雰囲気もガラリと急変する。  しかし、娘は気が付かなかった様だ。 「……ア、アノッ、ソノッ、……」  相変わらず俯いたまま、しかし見事なまでに動揺し、言葉が出て来ない様だ。 (?)  予想外の反応に少し戸惑い、緊張が解けた。 「だ、だから、あの、その、ええと……」  娘の顔が耳まで赤く染まった。 「???」  もし彼女が暗殺者で、これが演技だとしたら、 (……相当の凄腕だ……)  馬鹿な考えが脳裏をよぎる。 「あ、あの……わ、私を、……その、買って下さい!」 「…………は?」  意表を突かれ……思わず素っ頓狂な声があがった。  4  年は見た所、十六、七。  衣服は粗末だが、素材は磨けば光るだろう。  髪や顔立ちは、貴婦人としても通用すると思われる。赤くなって俯き、モジモジとした仕草をしている。  微笑みながら、見守っていてあげたい、どんな時も僕は君の味方だと、甘い台詞の一つでも口にしながら抱き締めてあげたくなる様な、可愛らしい娘だ。  初恋の告白だったら、納得して、思わず頷いていたに違いない。  だが、彼女の口から出た言葉は……今、何て言った? 「…………あ〜っと、名前は? 俺はグランスだ」 「………………ユウ……です」  ようやく聞き取れる程のか細い声で、娘は答えた。  ここは酒場の二階、グランスの借りた部屋だ。あの時、親父は黙って上を指差したのだ。 気まずい沈黙に構わず、質問を続ける。 「親は?」 「…………」 「仕事は?」 「…………」 「住居は?」 「…………」  相変わらず、俯いたまま、返事は無い。グランスは、心中で何度目かの溜息を吐いた。 「ユウ、歳は?」 「……十七歳です」  ようやく答が返ってくる。俯いたまま、だが……。  雰囲気に耐えられず、飲み物でも頼もうと動き掛けた時だった。彼女の声が再び聞けたのは。 「あの、貴方は?」  意表を突かれて、思わず振り返る。逆に質問されるとは……。 「俺は二十三歳。傭兵。住居は……今の所はココだ」  椅子に座り直し、ユウの顔を正面から見据える。 「やっと、話してくれたナ」  グランスは微笑んだ。 「何故だ? 自分を買って欲しいとは……」  単刀直入に訊く。まわりくどく訊ねても効果は無いだろう。 「観た所、生活に困ってる様には見えない」 (暗殺者にも……ナ)  心中で付け加える。始めは疑っていた。しかし、娘の行動全てが、それを否定している。  およそ、訓練されている様には見えない体つき。  一連の行動も、演技には見えない。  騙すのなら、もう少し語っても良い様なものだと思う。 (これで本当に暗殺者だというのなら……、誰も見破れないだろう)  自分の考えに耽り、長い沈黙が再開された時だった。 「お願いです、抱いて下さい。グランス様。……値段はいくらでも結構です」 (!?……いくらでも良い? 金銭じゃあなく、抱かれる事が目的だってぇのか)  この器量なら、言い寄る男に不自由はしないだろう。何故、俺だ? 「……私には、時間が無いのです」  5  寝台の上で、ユウが寝息をたてている。その横では、グランスと酒場の親父がボソボソと会話していた。 「親父さん、この娘を頼む」 「そりぁ、構わんが……オマエさんは?」 「仕事だ」 「仕事? オマエさん、何者だ? さっきの金銭だって、多すぎるゾ」 「俺は、ただの傭兵さ」 「グランス……」  扉に向かうグランスの背中に問いかける。 「……御領主様の所へ向かうのか?」  グランスは左手だけで応え、扉を閉めた。 「……死ぬなよ」  親父は、静かに祈り始めた。 「親父、口当りが良くて、強い酒を準備してくれ」  この注文は、親父を怒らせるものだった。 「おい、オマエさん。あの娘にソレを飲ますつもりか?」  いたいけな娘を酔わせようとは、なんとした卑劣漢だ!  親父の顔は怒りのあまり真っ赤になった。 「助ける為だ」  意外な返事に、親父の噴火寸前の頭が少し落ち着く。 「何だと……?」  グランスの説明は、親父の頭の血を下げさせ、準備に走らせるには充分な内容だった。  酒を受け取ったグランスは、親父に大金をおしつけて言った。 「今から、あの娘を酔いつぶす。その後一晩介抱してやってくれ。これは面倒を見る代金だ」 「今、何人居る?」 〔現在の私の持ち主と、他二人……〕 「予定変更だ。今夜中に片をつける」 〔楽しそうだな〕 「笑ってるトコロが見たいだろう?」 〔・・・・・・〕 『……私は明日、館に行かねばなりません。帝国から来た新領主は、私が行けば、お父様を助けてくれると約束しました』 「御領主様の所に行くワケじゃ無いのさ」 〔……契約不履行か〕 「誠実さに反するかい?」 〔いや、依頼そのものに反対だったからな〕  その返答にグランスは苦笑した。 『ただその前に一度だけ……館に行く前に一度で良いから……自分で選んだ殿方に抱かれたかったのです』 「よりによって、俺が選ばれるとはナ」 〔運命論者ではないだろう?〕 「ああ。しかし、何かの“力”を感じずには、いられなかった」 〔やはり、あの娘がそうなのか?〕 「間違い無い。先の領主、カレリオ卿の娘だ。つまり……」  視界に人影が入り、グランスは口を閉じた。 (俺の標的だった・・・ってワケだ)  心中で思いを続ける。  剣も鎧も無いまま、グランスは身構えた。 「俺から装備を巻上げたのは、こうなる事を予測してたからかい?」  闇の中、人影に向かって声を掛ける。  空には月も無い。帝国の統治下にある街は、灯りも無いに等しい。  淡い星明りの下、グランスはアノ騎士と対峙していた。 『値段は……決めていませんでした。どの位なのか知りませんでしたし……お金の問題では無かったので。……変、ですか?』 (ああ、変だよ。  値段が決まっていない女……その価値がいくらになるか、本当に知らなかったのか?)  6 「お仲間の助けは、いらねぇのかい?」  騎士は応えず、前進する。 「娘一人の始末なら武器は要らんだろう? 貴公の実力なら、尚更だ」  相変わらずの、静かな声だ。先刻の問いに答えたらしい。 「フン。後の口封じも楽だしナ」  互いの口元に凄絶な微笑が浮かぶ。瞳を爛々と輝かせた、魔性の笑みだ。  この笑みを見た者は、背筋に流氷の海を感じたに違いない。逃げ出したいのに、足が動かない。そんな恐怖を感じる筈だ。 「依頼の一件な、カレリオ卿御息女暗殺の話。……アレ、断るわ。」 「ほう?」 「胡散臭いとは思った。……が、聞いた通りだったら遂行するツモリだった」  騎士は表情も変えずに、含み笑いを漏らし始める。 「しかし、話が違ったんでナ」  騎士は、ひとしきり哄笑した後、大きく溜息を吐いた。  かなり芝居がかった仕草だ。 「素直に働いて居れば良いものを。道具が考える必要は無いのだゾ」 「魂を売った覚えは無ぇ!」  グランスがそう怒鳴った瞬間、騎士が斬りかかって来た。  狙いは、首。刃が腰の鞘から、真直ぐ首に跳ね上がってくる。  避ける動作は一呼吸遅れた。足は動かない。 懸命に上体を反らす。意識だけが焦り、体の動きが緩慢に感じられる。  永遠とも思える一瞬、グランスは吼えた。 「ウオォォォォオ、動けぇ!」  後転して、剣先を避け、素早く体制を立て直す。  騎士は斬り上げた剣を、振り下ろす態勢にあった。  グランスは跪いており、避ける事が出来ない。  しかし、振り下ろされる剣を見る彼の顔には、会心の笑みが浮かんでいた。 『妾にされる前に、一度だけ……私を愛でてくれませんか?』  騎士は勝利を確信した。この一撃で全てが終わる。  しかし、獲物の表情を見た瞬間、自信が揺らいだ。  奴は笑っている。何故だ?  奴の方が……勝利を確信しているかの如く笑っている。何故だ?  精神の揺らぎが移ったかの様に、掌中の剣の感触も揺らぐ。 「??」  剣が無い!  煙の様に消え失せたのだ!  一瞬、グランスの傭兵認可章が輝いた様に見えた。 「精霊か……!」  グランスの掌中に剣が出現する。つい先程まで騎士が振っていたモノだ。  刃が静かに持ち上がる。  勝負は一瞬で決まった。 「助かったゼ、相棒」 〔私が使われない、とは考えなかったのか?〕  グランスは微笑して、剣に答えた。 「自信は有ったサ。オマエを信じてたしナ」 〔私の“力”も限られているぞ。助けられるとは限らない〕 「ソイツも心配してなかった。剣士の性って奴だな」 〔性?〕  グランスの笑みが深くなった。 「優れた剣を手にするとナ。使って見たくなるんダヨ」  賞賛の言葉を口にした故か、グランスの頬は少し赤かった。  7  スファラーとバスターが酒場に入って来た時、親父は後片付けの最中だった。 「スイマセン、お客さん。もう、閉店なんで……」  お辞儀をしながら、目は油断無く二人を観察している。  長髪の男は槍を、巨漢の女は戦鎚を持っている。しっくりと馴染んでいる様子から見て、一流の傭兵に違いない。 「親父、ここに居る娘は無事か? 部屋は何処だ?」 「……!」  何故、彼女の事を知っている?  親父の顔に警戒の表情が浮かぶ。 「無事なら良い。案内してくれ」  バスターが、安堵の溜息を吐く。戦鎚に懸かっていた手が外れ、額の汗を拭った。  グランスが戻って来たのは、この時だった。 「カレリオ卿の傭兵か?」  グランスの問いにスファラーが無言で槍を構えた。 「そちらは? ユウ嬢様の暗殺を引き受けた奴だろう?」 「先刻まで、ナ。……断って来た所だ」  バスターの問いに苦笑で答える。  その表情の明るさ故か、スファラーの殺気が消える。 「信じられんのも、無理は無いが……」  椅子に座りながら、グランスはホッと息を吐いた。  流血沙汰は避けられそうだ……。 「暗殺? 断って来た? ユウ嬢様? 彼等は何なんだ? アノ娘が、お嬢様なのか? 一体どうなっとる?」  親父だけは、状況が飲み込めてないらしい。無理も無い。 「俺はナ、カレリオ卿御息女の暗殺を頼まれてたんだ。帝国のエラ〜イ騎士様から、ナ。  だが、聞いてた話と見た事が全然違う。嘘だらけだったんで、依頼を断って来たんだ」 「クレフが、良く承知したな?」  それまで沈黙を守っていたスファラーが訊ねた。 「クレフ? ああ、アノ、エライ騎士様か。アイツは二度と文句を言わねえヨ」 「殺ったのか?」 「つい先刻、ナ」  グランスが剣を指し示した。 「クレフを斬った? あの凄腕をか? 良く生きて戻った、とは思ったが……」  バスターが驚きの声を上げる。 「まあ、ナ」  真っ正直にヤリ合っていたら、無傷では済まなかったろう。 「どんな詐術を使った?」  スファラーが笑いながら訊く。 「判っちまうか? やっぱり」  苦笑しながら、説明する。 「俺の剣を貸してたんでナ。俺にしか使えねえコイツを、ヨ」  スファラーには、これだけで判ったらしい。頷いている。 「奴が俺を殺ろうとした時にナ、返して貰ったんだ」 「呆れた奴だ。召喚精霊を敵に渡すとはな」  心底呆れたらしい。バスターは天を仰いでいた。 「とんでもない召喚者だ」  傭兵達は声を上げて笑った。  話に入れずに居た親父が、グランスに肝心の事を問う。 「グランス、あの娘がカレリアのお嬢様なのか? 助かるのか?」 「大丈夫だよ、親父さん……片は、付いたんだ」  8  東の空が白み始め、星達が光の彼方に消えていった。  小鳥達の歌が朝の訪れを告げ、一日が始まる。  ユウが目を覚ました時は、そんな爽やかな朝だった。 「……?」  自分が置かれた状況が飲み込めない。見なれぬ寝台に居るのは、まだ分かるとして……。  ひどい頭痛がして、考える事が重労働に思える。  そうだ、昨日の夜、広場で出会った剣士様に声を掛けて……頼んだのだ。  広場の様子を見て悲しんでいる様だった。優しそうなこのヒトなら、と思ったのだ。  ゆっくりと思い出す。  お酒を薦めてくれて……とても飲みやすくて……。  ……それから?  ふと横に目を向け、愕然とする。 (エッ……このヒトは?)  自分の横で男が寝ている。同じ寝台に! (ひ、ひややややややぁ〜)  心中で悲鳴をあげながら、自分の格好を確認する。……何も着けていない?  いや、下半身に良心(?)とも言うべき、薄布が一枚……。 (……覚えてないっ!)  慌てて毛布をかき寄せる。  動きに反応して、男が目を覚ました。上体を起こして、微笑を浮かべる。 「もう、目が覚めたのか? アレだけ飲んでた割には……早起きだナ、ユウ」  笑顔を見て、このヒトが誰か思い出す。グランスと名乗った剣士様だ。 「望みは叶えたゼ」  グランスが言う。ユウは顔が赤くなるのが分かった。 「で、いくらだ? 値段は決まったか?」 「あ、あの、その、ええとっ……」  頭の中がグルグル回る。何も覚えてない。何も……。  値段なんて決められない。そんな問題では無いのだから……。  頭を小さく横に振る事しか出来なかった。 グランスが溜息を吐いて、服を渡してくれた。  ユウが首を横に振るの見て、グランスは溜息を吐いた。  ユウが身支度を終えるまで、席をはずす事にする。 (阿漕な奴なら、踏み倒す事も出来るんだがなぁ) 〔買ってもいないだろう?〕 (まあ、そうなんだが……) 〔で、どうする? 全て話すのか?〕 (いや、決めたヨ。手荒な方が安全で良い) 〔何故?〕 (あの娘は追い詰めると、オッカネェから、ナ) 〔楽しそうだな〕 (ああ)  グランスが部屋に戻った時、ユウは頭を抱えて寝台に座り込んでいた。  考えているのは昨日の事か、明日の事か……。 「ユウ、これからどうする? 戻るか、逃げるか」 「エッ?」  ユウの顔が上がり、二人の視線が合う。 「お父上、カレリオ卿の伝言だ。 『私に捕われず、自らの幸福を掴みなさい』とさ。逃げる最中に護衛を撒くのは感心しないナ」 「どうして、あなたがその事を知っているの? あなたは一体……?」 「昨日までなら……どっちを選んでも構わなかったんだがナ」 「……どういう事?」 「隣国のラディスまで行かネェと、払えないんでネ。戻られると困るんだ」   「お金なんて、いらないわ。私だけ、逃げるなんて出来ない!」  ユウが思わず立ち上がった瞬間、腹部に衝撃を感じた。  意識が暗転する直前、グランスの声を聴いた様な気がした。 「済まねえナ。」  9 「抵抗組織は在るのか?」 「今の領主に、反感を持ってない奴は居ないね」 「戦力は?」 「新しい伝説が作れる程」  グランスの問いに、バスターが歯切れ良く答える。 「資金の足しにしてくれ」 「オイオイ……良いのか?」  グランスが弾き出した指輪は、豪華な装飾に満ちていた。 「クレフからの寄付さ……快く受け取っときナ」  傭兵達が笑う。一人はニヤニヤと、一人は呆れた様に、一人は大笑いするのを堪えかねて。  前祝と称した戦士達の宴は、親父の秘蔵の酒が空になるまで続いた。  意識を取り戻した時、ユウは馬の背に居た。 「目が覚めたか?」 「ここは……何処?」  手綱を握っているのは、グランス。二人で一頭の馬に乗り、緩やかに駆けている。 「帝国領の森さ。あと二日程で、国境の街、リシャールだ。そこで水と食料を補給して、南のラディスに向かう」 「どうして……? 私をあの街に戻して!」 「まあ、話を聞いてくれ。落ち着いてな……。ユウ嬢の逃亡は、カレリア卿の処刑を早める事になる」 「私が戻れば、お父様の命は助けるってミーネスは言ったわ」 「まあ、話は最後まで聞きナ。その後なら暴れるのに付き合ってやるからヨ」  話を聞く気にはなった様だ。睨みながら、ではあるが。 「処刑が行なわれる、その時こそが救出の機会だ。あの広場こそ、ナ。アンタを守ってた戦士二人が、仲間達と実行する手筈になっている」 「…………!」 「救出する時にナ、アンタが人質になってるとマズいんだヨ。アンタの役目は、ラディスまで逃げて、そこでお父上を出迎える事だ」  では、希望は在るのだ。ユウの表情は泣き笑いになった。 「宿では、手荒な真似をして、済まなかったナ」 「グランス様。どうして、ここまでしてくれるのですか?」 「正当な代価を払わないと、相棒がうるさくてナ」 「?」  言葉の意味が、ユウには判らない。 「ユウ、自分の出した値段がいくらか、知らなかったのか?」 「エッ値段? 私は決めていないって……」 「男が生涯働いて、食わせて、それでも払い切れない……。決めていないってのは、そう云う値段なのサ」 「あ、あのう……それは、つまり……」 「もっとも、まだモノを受け取って無えんだがナ」 「?」 「あの晩は救出の準備に忙しくてね。寝て無えんだナ、コレが」 「???」 「だから何にもしてないんだ、あの夜は。安心してくれ、何も無かったから」  ユウの表情がめまぐるしく変化した。  羞恥、驚き、困惑、そして最後には怒りへ……と。 「だ、騙してばかり……ひどいヒト!」 「おお、俺は何時でも良いゼ。帝国に喧嘩を売ってまで始めたんだからナ」 「………………」 「今晩にでも、……ムグッ」  グランスの軽口をユウの唇が塞ぐ。  この時、シルエットは一つになり、二人の心も一つに重なっていた。                    了